「QRコードで勝手に登録されない?」
Matterデバイスを登録するとき、箱に書かれたQRコードや11桁の数字コードを読み込むだけで簡単につながります。これを見て「誰かに見られたら勝手に家に入れられない?」と心配する方は少なくありません。
コードは「デバイスとコントローラーが同じ空間で最初に出会うための合言葉」に過ぎません。その後、デバイスが「本物の正規品か」を証明書で確認し、暗号化された通信路を確立するまでいくつもの関門があります。
コミッショニングの流れ:登録の7ステップ
Matter対応デバイスをアプリに登録するとき、裏側ではこれだけの確認が行われています。
📱 QRコード / 11桁・21桁コードの読み取り
ユーザーがアプリでデバイスのQRコード、または手で打つ数字のコード(11桁または21桁)を読み込む。どの形にも、機器を見分ける番号(Discriminator)と、工場で決まった8桁のパスコードが入っている(11桁・21桁に入るのはDiscriminatorの一部だけ)。QRコードと21桁には、さらにメーカーIDと製品IDも入る。
🔒 コードを使うのは登録のときだけ📡 デバイスの発見(ネットワーク探索)
コントローラーアプリがBluetooth LEまたはWi-Fiを使って、近くにある「登録待ち」のデバイスを探す(DNS-SD)。デバイスは物理操作(電源ON・ボタン押下等)で「受付モード」に入っている必要がある。
🔒 遠隔からの無断起動は不可🤝 PASE:初回の安全な接続確立
コントローラーとデバイスがQRコードのパスコードをもとに「PASE(パスワード認証鍵交換)」という暗号プロトコルで安全なチャンネルを確立する。この段階では互いの素性はまだ不明だが、通信路は暗号化される。
🔒 SPAKE2+アルゴリズムで傍受・ブルートフォース攻撃を防止🛂 Device Attestation:本物かを証明書で確認
コントローラーがデバイスの証明書(DAC)を要求し、世界共通のブロックチェーン台帳(DCL)に照合。「このデバイスはCSA認定の正規メーカーが製造した本物か」「認証取得済みか」を確認する。偽造品・未認定品はここで弾かれる。
🔒 世界共通の台帳(DCL)で不正品を排除🔑 NOC発行:デバイスに「家の鍵」を渡す
認証が通ると、コントローラーがデバイスに対して「このFabric(ネットワーク)に属するメンバー証明書(NOC: Node Operational Certificate)」を発行する。以降の通信はこのNOCを使って行われる。
🔒 Fabricごとに別の鍵→盗まれても他のFabricには無効🔐 CASE:通常運用の安全な接続
NOCをもとに「CASE(証明書認証セッション確立)」という相互認証プロトコルで恒久的な暗号チャンネルを確立。「相手が本当に正しいFabricのメンバーか」をお互いに確認してから通信を始める。
🔒 なりすまし・中間者攻撃を防止✅ コミッショニング完了
デバイスがFabricに正式に参加。初回のパスコード・QRコードは消去され、以降はNOCとCASEによる暗号通信のみで操作できる。アプリからデバイスの点灯・施錠などが可能になる。
🔒 初回コードは完全に廃棄、再利用不可QRコードで扉は開きますが、その中にある本当の「家の鍵(NOC)」は、デバイスが正規品であることを証明してから初めて渡されます。QRコードを写真に撮られても、それだけでは登録も操作もできません。
2つ目のアプリに追加するとき
Apple HomeやGoogle Homeで「他のアプリと共有」などを押すと出る数字は、箱のコードを表示し直したものではありません。すでに登録済みのアプリが、その場で新しい合言葉をランダムに作ったものです。機器には合言葉そのものは送られず、照合用の値だけが渡ります(機器自身も合言葉を知りません)。
ADVANCED窓の開け方は2つ ― ECMとBCM
| 方式 | 合言葉 |
|---|---|
| ECM Enhanced Commissioning Method | 管理者(登録済みのアプリ)がその場でランダムに作る。家庭のアプリが使うのは、通常こちら |
| BCM Basic Commissioning Method | 工場で決まった合言葉を使い回す |
ECMは、コントローラーも機器も実装が必須です。
一時コードが11桁なのは、仕様の決まり
一時コードにメーカーIDと製品IDを入れることは、仕様で禁止されています。すでに動いている機器には「登録の前の一手間」がそもそもないので、21桁にする理由がありません(21桁の意味は「登録コードの中身と、登録の手順」)。
Matterが登録の窓を15分にしている理由
Matterの仕様は、機器が「登録できます」と頻繁に呼びかけ続ける時間を、最大15分にしています。理由は2つです。
- 無駄な電波を出し続けないため
- 電源を入れてから、アプリをダウンロード・インストールして起動し、家の中を移動する時間を見込んだため
証明書の仕組み:DAC・PAA・DCL
Matterのデバイス認証は、いくつかの証明書と台帳が連携する「信頼の連鎖(Chain of Trust)」によって成り立っています。入国審査のパスポートシステムに例えると分かりやすいです。
🎬 動画で見る:証明書の仕組み(紙芝居)
ここまでの証明書の連鎖を、アニメーション紙芝居で分かりやすく解説しています。
↑ Contents通信は常に暗号化
Matter対応デバイス間の通信は、すべて業界標準の暗号技術で保護されています。
🔑 PASE(初回接続)
Password Authenticated Session Establishment。QRコードのパスコードをもとにSPAKE2+アルゴリズムで鍵を交換。パスコードを傍受されても実際の暗号鍵は導出できない設計。
初回のみ使用・その後廃棄🔐 CASE(通常運用)
Certificate Authenticated Session Establishment。NOC証明書を使った相互認証。TLSに似た仕組みで、通信のたびにセッション鍵を生成。過去の通信が漏れても現在の通信は守られる(前方秘匿性)。
通常運用時に使用プライバシーへの配慮
よくある不安・質問
QRコードは登録のための合言葉で、これだけでは操作も、登録後の通信もできません。登録が終わった後の通信には、QRコードのパスコードは使われません。またMatterの仕様は、外箱にQRコードや数字のコードを保護なしで印刷してはいけないと定めています(お店の棚で読み取られないように)。数字のコードは機器本体か同梱物に必ず付いていて、本体のコードやNFCタグは、持ち主が剥がしたり無効にしたりしてよいことになっています。仕様には、煙感知器の本体の裏(金属の取付板側)にNFCタグを付けて、取り付けた後も箱に入ったままでもかざせないようにする例も載っています。また仕様書では、スマートロック等の屋外設置機器はQRコードを外から見えない位置に設置することを推奨しています。
一時コードはランダムに作るので、よその家と同じ数字になることはありえます。安全を守っているのは、次の3つです。
- 登録の窓は、最大15分で閉じる
- 20回失敗すると、機器は登録を受け付ける状態を抜ける(認証試験で確かめる項目)
- 試せるのは、同じ家のネットワークの中からだけ
⚠️ ただし、窓が開いている間は、コードを知っている人なら試せる状態です。コードのスクリーンショットを人に送るときは、使い終わるまで扱いに気をつけてください。
Matter認定には世界共通の認証試験(CSAによる)が必要で、合格品にはCDが発行され、DACと合わせてDCLで照合されます。そのため、偽造品はコミッショニング段階で弾かれます。ただし認定を取得していない「Matter対応をうたった製品」には注意が必要です。購入時はCSAの認定済み製品リストを確認することをお勧めします。
Matter通信はCASEによる相互認証と暗号化で保護されており、「正しいFabricメンバーのコントローラー」以外からのコマンドは受け付けません。ただしスマートロックのセキュリティは、Matter通信だけでなく、デバイス自体の物理セキュリティ・アプリのアカウント保護など複合的な要素で決まります。アプリの2段階認証設定も忘れずに。
ファクトリーリセットを行うと、デバイスに登録されているすべてのFabric情報・NOCが削除されます。リセット後のデバイスは「新品状態」になり、前のFabricからは操作できなくなります。売却・廃棄前は必ずリセットを行ってください。
MatterにはOTAソフトウェアアップデートのクラスターが標準搭載されており、メーカーがファームウェアを更新することで素早くセキュリティ対応できます。スマホのOS更新と同じ仕組みです。対応デバイスは自動またはアプリ経由で最新の状態に保てます。
🔒 Matterのセキュリティは「多層防御」
物理的な近接要件 → QRコード(登録の合言葉)→ デバイス証明書の照合(DAC/DCL)→ 暗号化通信(PASE/CASE)→ ACLによるアクセス制御。一か所を突破しても他の関門で守られる設計です。
📄 参照仕様書:Matter Specification v1.6(CSA)
解説ページ作成:Matter辞書 by ライフテックコーディネーター 織田未来